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【第1話】売上ゼロのAIツール開発者の前に、未来から追放されたマーケターが現れた

マーケティング個人開発社会心理学物語タクミとシュウ
【第1話】売上ゼロのAIツール開発者の前に、未来から追放されたマーケターが現れた

マーケと社会心理学を、対話で学ぶ物語シリーズ「タクミとシュウ」第1話。

3ヶ月かけて作ったAIツールを、ついにリリースした。「毎朝、自分のサイトのアクセス解析を勝手にまとめてSlackに送ってくれる」やつだ。我ながら便利なものを作った——はずだった。

結果は、PV*3・売上0円。

貯金は毎月削れていく。「良いものを作れば売れる」——その言葉を、俺はもう何回信じて、何回畳んだだろう。いつものように、俺はこのプロジェクトも畳もうとしていた。

ノートを閉じようとした、その瞬間。エディタのターミナルに、打ってもいない文字が流れた。

> 畳むのは勝手だが。なぜ売れんか、お前は一つも分かっていないだろう

振り返ると、いつの間にか、見知らぬ男が俺の椅子に座っていた。乾いた目の、スーツの男。こめかみに、見たことのない薄いヘッドセット。


:……誰すか。どうやって入って。

:出井周貴。シュウでいい。未来から来た。禁じられた心理操作で稼ぎすぎて、過去に追放された——元・マーケターだ。

:は? 詐欺? 通報しますよ。

シュウ:(あくびまじりに)通報して、なんて言う。「未来から来た男が、僕の解析ツールはショボいと言いました」か。……そのツール、3ヶ月かけてPV*3。違うか。

:……なんで知って。

シュウ:このヘッドセット、着けるだけで脳に直接情報が入る。お前の惨状くらい、見るまでもない。……で、なぜ売れんと思う。

:いや、良いもの作ったんすよ。マジで便利な。なのにPV3って何すか。……運っすかね。あと、まだ知られてないだけで。良いものは、そのうちクチコミで伸びるでしょ。バズってる個人開発、別に煽ってないすもん。中身が良かったから伸びた。だから俺がやるべきは、コピーいじりより、中身の磨き込みじゃないすか。

シュウ:(コーヒーを一口)……お前が見てるのは、伝わった"後"の勝者だけだ。同じ日に出て、誰の目にも触れず消えた99個を、お前は一度も数えたことがない。

:……。

シュウ:生き残った奴だけを見て「中身が良ければ勝てる」と思い込む——生存者バイアスだ。お前の言う"クチコミで伸びた良いもの"の裏には、"中身は良かったが、誰にも知られず死んだもの"が、何十何百とある。墓場は、見えないからな。お前のツールも、今、そっち側だ。

:……でも、機能は本当に良いんすよ。使えば、絶対に分かる。

シュウ:誰が使う。

:……説明文も、ちゃんと書きました。読めば——

シュウ:誰が読む。……お前のランディングページ、出してみろ。(俺はLPを表示した)……「業界初の自動解析」「高速」「Slack連携」。全部、"お前が作ったものの自慢"だ。客の話が、一行もない。

:いや、それが価値でしょ。自動で解析が届くんすよ。

シュウ:体験させてやる。(俺の頭にヘッドセットを被せた)

『自動解析ツール…へー。……で、これ、"俺の"何がラクになるの? ……分かんね。閉じよ』

:……っ。1秒だった。

シュウ:人は、お前の解析に興味がない。自分にしか興味がないんだ。お前の自慢を、相手の"自分ごと"に翻訳しろ。

:いや、でも"自分ごと"とか、結局コピーの小手先でしょ。言い方変えただけで売れるなら、誰も苦労しない。本質は、中身じゃないすか。

シュウ:言い方を変えれば売れる、とは言ってない。お前は、良い機能を、誰にも伝わらない言葉で隠してるだけだ。宝を金庫に入れて、外から「中身は凄い」と叫んでる。誰も、金庫の中は見えん。

:……。

シュウ:翻訳しろ。「業界初の自動解析」じゃない。客は毎朝、お前のツールが無い世界で、何をしてる。

:……毎朝、GA4*とGSC*を自分で開いて、数字を見て、ため息ついて……(あ。それ、まさに俺だ)。

シュウ:それを書け。

:(書き換える)「毎朝GA4とGSCを開いてため息ついてた時間が、Slackの通知1本で終わる」。

シュウ:……ようやく、客が主語になったな。

それから数日。問い合わせが殺到した——わけじゃない。ただ、LPの滞在時間が、ほんの少しだけ伸びた。そして初めて、たった1人が、最後まで読んでくれた。たった1人。でも、3ヶ月、誰も最後まで読まなかった俺には、それは事件だった。

:……ちょっと、分かったかもしれない。

シュウ:1つ賢くなったな。だが勘違いするな。今のは入り口だ。お前の本当の問題は、もっと奥の"クセ"だ。……それはまた今度。

:あの、なんで俺なんかに教えてくれるんすか。タダで?

シュウ:(鼻で笑う)報酬はもらう。お前が成功して、その自慢話で、俺のこの退屈な追放生活の退屈しのぎをしろ。それが俺の取り分だ。……あぁ、最後に一つ。俺が教えるのは「人を操る」技術じゃない。「人を理解する」技術だ。そこを履き違えた人間が、どこに堕ちるか——俺が、いい例だ。

振り返ると、もう誰もいなかった。ヘッドセットの感触だけが、こめかみに残っていた。


今日の1つ

「良いものは中身で勝手に伸びる」は、生存者バイアス。死んだ99個は墓場にいて見えないだけ。機能は、相手の"自分ごと"(何がどうラクになるか)に翻訳しないと、金庫の中の宝のまま、誰の目にも触れない。

補足(用語)

  • *GA4:Google Analytics 4。自分のサイトに何人来て、どう動いたかを見る、Googleの無料アクセス解析ツール。
  • *GSC:Google Search Console。自分のサイトがGoogle検索で何回表示され、何位で、どれだけクリックされたかを見る無料ツール。
  • *PV:ページビュー。ページが見られた回数。「PV3」=3ヶ月でたった3回しか見られていない、ということ。
※ この物語はフィクションです。理論(生存者バイアス/ベネフィット訴求)は一般に知られた考え方を題材にしています。
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