【第2話】"絶対に需要ある"——また、確かめる前に作り始めた

マーケと社会心理学を、対話で学ぶ物語シリーズ「タクミとシュウ」第2話。前回 → 第1話
ep1で初めて、1人が最後まで読んでくれた。たった1人。でも俺は浮かれていた。「いける」。その夜には、もう次のAIツールのコードを書き始めていた。今度こそ、もっとすごいやつを——。
その画面に、また、打っていない文字が流れた。
> 手が早いな。で、それは誰のために作ってる?
シュウ:(コーヒー片手に)ほう。前回の話から3日で、もう次か。手だけは早い。
俺:今度のはマジで需要あるんすよ。AIが議事録を自動でタスク化して——
シュウ:で、誰がそれを「欲しい」と言った。
俺:いや、絶対みんな欲しいでしょ。便利だもん。それに、動くもの見せないと需要なんて分かんないじゃないすか。みんなプロトタイプ作って、それ見せて反応見るでしょ。先に作るのは、普通っす。
シュウ:そのプロトタイプを作る時点で、お前はもう数週間溶かしてる。……そして人間は、一度作っちまったものを、要らないと分かっても、捨てられん。注ぎ込んだ時間が惜しくて、ずるずる続ける。サンクコスト*だ。お前が7個も畳めたのは、むしろ稀有な才能だが——その金と時間は、作る前なら、一円も払わずに済んだ。
俺:……でも、作らずに、どうやって需要を測るんすか。
シュウ:煙だけ先に立てて、人が寄ってくるか見る。中身を作る前にな。コードを1行も書くな。今日やるのは、そのツールの"予告ページ"を1枚だけ作ることだ。「こういうのが出ます。欲しい人はメールを置いて」。それだけ。
俺:は? 中身ゼロで? 詐欺じゃないすか。
シュウ:「近日公開」と正直に書け。詐欺じゃない。客に"先に聞く"だけだ。お前が7回、一度もやらなかった、たった一つのことだ。
渋々、俺は半日で予告ページを作った。そして自分のXに「こういうの作ってます、欲しい人はメールを」と一本投稿した。そして、待った。
……何も来なかった。1日。2日。登録ゼロ。いいねも、ゼロ。
俺:先生! 確かめろって言うからやったのに、ゼロっすよ! やっぱ需要ないんすよこれ。もう畳みます。
シュウ:……待て。一つ聞く。お前のその投稿、何人が見た。
俺:何人て……(Xのアナリティクスを開く)……インプレッション*、12。
シュウ:フォロワーは。
俺:……5人。
シュウ:(ため息)5人に見せて0なのを、「需要が無い」と読むのか。
俺:……だって、誰も登録しないし。
シュウ:いいか、タクミ。お前は今、一番危険な勘違いをした。「誰も登録しない」を「需要が無い」と読んだ。違う。お前のは——"見せる相手がいない"だけだ。
俺:……需要が無いのと、見せる相手がいないのは、違うんすか。
シュウ:天と地ほど違う。需要が無いなら、その商品は捨てろ。だが見せる相手がいないだけなら、捨てるべきは商品じゃない。お前の"届け方"だ。……お前が7回畳んだもの。あの何個が、本当は「売れなかった」んじゃなく、「見られてなかった」だけだ?
俺:……。
シュウ:煙の立て方は、もう覚えた。だが煙は、人がいる所で立てなきゃ意味がない。お前がやるべきは、新しいツールを作ることじゃない。その"見てくれる5人を、50人にすること"だ。
俺:どうやって、5人を50人になんて……。
シュウ:それは——
ーーーーーー(続く)ーーーーーー
今日の1つ
「誰も登録しない」を「需要が無い」と即断するな。"見せる相手(フォロワー/読者)がいない"だけかもしれない。捨てるべきは商品か、届け方か——を切り分ける。そして作る前に確かめれば、サンクコストの鎖は、最初から無い。
補足(用語)
- *サンクコスト:すでに払って戻ってこない時間やお金。「ここまでやったんだから」と、もう要らないものを捨てられなくなる原因。作る前に確かめれば、この鎖が最初から無い。
- *インプレッション:投稿が画面に表示された回数。「見られた数」。クリックや反応とは別の、いちばん手前の数字。